大宮市は、今現在では名称が変更されて、さいたま市となっています。 1940年から2001年までは、この土地の名前で埼玉県に存在していましたが、2001年5月1日をもって、浦和市と与野市の合併で名称が変更されて、さいたま市になりました。 江戸時代には、この一帯が非常に栄えていて、宿場の多い場所でもありました。

しかし、明治維新にはいって、世の中の移りや変動で、一時的に大宮県が設置されましたが、その後即座に浦和に移動することになります。 そして、その後、東北本線・高崎線が開通するのですが、その時点では残念なことに、大宮近辺にこの線が通っていないことで、その町周辺が衰退してゆきます。 しかし、このまま衰退するままにしておけないと、地元の有志たちが、なんとかこの土地を蘇らせる運動をし始めて、やっと1885年には大宮駅ができることになります。

その後には、大宮駅周辺がこの開通によって、どんどん栄えてゆき、いつしか鉄道の街として知られるようになってきます。 大正時代、昭和と時代を経て、大宮駅周辺がさらに交通網が広がり、東京への通勤等にも時間が短くなることから、そこに住む人口も増加してきます。 さらに、1982年には、東北・上越新幹線、1983年にはニューシャトル、1985年になると埼京線が次々に開通されて、ますます商業地域として成長していくようになりました。 その後、2001年、2003年と大宮市の名称が変更になります。 2012年になると、現在の旧大宮市の人口は、ついに50万人を突破したとされています。

さいたまの大きな地理的特徴として、首都東京の都心部からわずか2,30kmしか離れていないということが挙げられます。 さいたま市は、東京都心に最も近い県庁所在地で、東京都内の市町村よりも新宿に近い地域もあります。 関東平野の中央に位置し、全域が海抜20m以下の台地か低地で、山岳や丘陵は存在しません。 もうひとつのさいたまの地理の大きな特徴の一つに、内陸地であることが挙げられます。さいたま市だけが内陸地なのではなく、埼玉県全体が内陸県で、日本全体で内陸県は栃木、群馬、埼玉、長野、山梨、岐阜、滋賀、奈良の8県あります。

さいたま市には海はありませんが、荒川、鴨川、芝川、綾瀬川などの一級河川が東西に並列して流れていて、彩湖や別所沼など、湖や沼もたくさん存在します。 そのため、農業がとても盛んなところでもあります。  さいたま市は首都圏北側の交通の要衡であり、新幹線や在来線など多くの鉄道が交錯している上に、東北自動車道、東京外環自動車道など高速道路も多数通過しています。 ただし、高度な交通網が発達している一方で、新興住宅地や農村部では、公共交通空白地帯が点在していて、生活に困難をきたしている人も少なくないという問題も抱えています。

そして、さいたま市は、内陸部にある都市としては、日本最大規模です。 内陸都市としては、人口は札幌、京都に次ぐ3番目ですが、内陸県で唯一の政令指定都市で、政令指定都市としては3番目に狭いという地理的特徴も持っています。